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日常、旅、てしごと
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カテゴリ:旅・Tibet( 7 )
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偉大な教師7
偉大な教師1偉大な教師2偉大な教師3
偉大な教師4偉大な教師5偉大な教師6 の続きです。


こうして
破壊、祈り、生と死。
様々なことを見せてくれたカイラス山の巡礼が終わりました。

a0329244_12315100.jpg


a0329244_20522325.jpg

巡礼後、チベットの中心地・ラサに向かう前に
西チベット三大聖地の残り一カ所、マナサロワール湖に寄りました。

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湖からの風景。遠くにカイラス山がぽっこり見える☆


      湖とマニ車☆
a0329244_2251743.jpg



これにて 西チベット三大聖地・巡礼完了 しましたー!!!


そして連続27日間風呂に入らない(入れない)記録を作りました。w
(西チベットの安宿にはお風呂がないのです。。。
シャワー屋さんはありますが、僻地だと料金が高いのです~!)


  ☆   ☆   ☆


ほんとうに強烈な出来事の多いカイラス山の巡礼でしたが、
不思議な感覚も体験していました。

私の前年度の巡礼者たちから聞いた話ですが
巡礼中、強烈なデジャヴを何回も体験したそうです。
私も同じように、西チベット入りしてからデジャヴを体験していました。

似たような道・景色を何度も通るからそのように感じるのか。
もしくは、高地の酸素の足りない環境が脳に錯覚をもたらすのか。

それを疑ってみたけれど、
これ、夢でみたやんけー!正夢だ!、、、というシーンや
過去世らしきビジョンを体験していうくちに
きっと生まれる前のいつかの人生で、ここを巡礼したんだろうなぁ・・・
だから、ただの脳の錯覚じゃないよね! そのように感じています。

きっと他の巡礼者たちも、魂レベルでみたら
過去世で何度も何度も あの地を訪れていたのだと思います。

うん、一度あの地を体験しちゃうと 何度でも行きたくなるよね!

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   さよならカイラス~ 町とカイラスから離れていく風景



カイラス山を離れたその後の私は
異常な回数のシャックリが1ヶ月間も続きまして。
1日中シャックリしてたので、横隔膜がどうなっちゃったのかと思いました。

スピリチュアルな話になってしまうのですが、
あのシャックリは身体の浄化反応だったのではないか?と思ってます。
咳やゲップの浄化反応があるらしいですが、シャックリもそうなんだって♪
あの地で、私はたくさん浄化して頂いたのだと思います☆


そして、他にも恩恵がありました。

ヒマラヤの聖地巡礼は、自分の上部のエネルギーを開き活性化してくれますが
同時に身体の下部のエネルギー(第1&第2チャクラ)も強化するように感じます。
さすが頂上にシヴァ神鎮座していらっしゃる☆(カイラス自体がシヴァのリンガですから♪)

おかげで、私のエネルギー体はすごく安定したと思います。

それまで生きるのがつらくて、自分のエネルギー体が乱れまくっていた私は
カイラス巡礼でグランディング(地に足つくこと)が促され
エネルギーのズレが修正されたのでしょう。

帰国したら「社会と現実」が待っているので、少しでも長く旅を続けたい、
と思っていたのに・・・巡礼後は自然と日本へ帰りたくなりました。

風船のようにフワフワと生きていた私を
帰って、ちゃんと「自分を生きなさい」と導いてくれたのは
カイラス山だったのです。


そして帰国後、ヒマラヤ水晶を取り扱う石屋さんで(しかもシヴァ神大好きオーナー夫妻)
働くことになったのですが、
きっと・・・この地でたくさんヒマラヤの気を頂いてきたので
ご縁を取り持ってくれたのだと思います。


石屋さんで働くようになると、
癒しやスピリチュアルに詳しい方がたくさんいらっしゃいました。
私も自分を癒そう、向き合おうと取り組み続けることができ
どんどん自分らしく、楽しく日々を過ごせるようになりました。

しょうもない、ちっせ~自分はまだまだ自分の内にあると思いますが
でも私、いまの自分が好きです。

そう素直に思えるようになったのは、巡礼のおかげかな。

もしカイラス巡礼に行っていなかったら、
また違う人生を歩んでいたのかもしれません。



ちなみに。。。

カイラス山には、13周コルラした者のみが行ける場所があります。

カイラスの手前にナンディ山という山があり、そこをコルラするので
「ナンコル」と言います。

ナンコルも、いつか行きたいな~

カイラス先生、いつかまた お会いしましょう^^




最後に。

私がチベットを訪れたのが2007年でした。
翌年の2008年3月、チベットで暴動が起こり
世界的にフリーチベットの運動が起こりました。

数々のバックパッカーが使っていた西チベットからのルートは
規制が強くなり、入域するのがとても難しくなりました。
状況は流動的ですが、基本的にラサで入域許可証を取って、
高額のツアーを組んで、、、という形でないと外国人は西チベットには入れません。


帰国後私は、日本に来ていたチベット人亡命者の僧侶と会い
カイラス巡礼のことをお話する機会がありました。
僧侶もカイラスを巡礼したことがあったそうで、この方は巡礼後
そのままネパールへ国境越えをし、インドへ亡命されたそうです。

それをお聞きして、ハッとしました。

命がけの亡命の前に、ひょっとしたら最初で最後かもしれないカイラスの巡礼。
チベットが開かれることがない限り、二度と戻れない場所。
どれほどの覚悟をもって、巡礼に臨んだのでしょうか。


今もなお、チベットの人たちへの迫害は続いています。

私はたくさんの人が、自由にカイラス先生に会いにいけるように
あの地が開かれていくことを願っています。


長文の長いシリーズ、
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

カイラス山のエネルギーが、みなさまにも届きますように058.gif

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オン・マニ・ペメ・フム

おわり

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Top▲ | by earthskater | 2015-01-27 09:05 | 旅・Tibet | Comments(0)
偉大な教師6
偉大な教師1偉大な教師2偉大な教師3
偉大な教師4偉大な教師5 の続きです。


私が出会った、運よく生き延びた方のお話です。


話は少しさかのぼりますが
1周目コルラからタルチェンに帰ってきた時
何人かの旅行者から「ベトナム人巡礼者を見なかった?」と聞かれました。

私は自分が歩くのに精いっぱいで、
他にどんな人が歩いているかほとんど覚えていませんでした。

その後2周目のコルラを中断し、タルチェンに戻ってくると
旅行者たちが探していた件のベトナム人巡礼者Dさんに会いました。

Dさんは両指が凍傷でひどい状態になっていました。
私が会った時は体調も回復しつつありましたが
このカイラス巡礼で死にかけたそうです。


どういう経緯でそうなったかというと、
仏像破壊事件の日の夜、天気が大雪になりました。
おかげで翌日巡礼スタートした私たちは歩くのが大変でした。

Dさんは仏像爆破事件の当日に巡礼に出発し(つまり私の前日に出発)
大雪の夜はカイラスの北面で一泊していました。

翌日も大荒れの天気で、誰もが北面でもう一泊して様子見、、、
もしくは諦めてタルチェンに引き返す、という人が多い中
Dさんは、待つことも諦めることもできず、
無理をして先に進んでしまったそうです。

巡礼路最高地点のドルマラを、猛吹雪の中越えていきました。

しかし途中力尽き、瀕死の状態だったところを
翌日のドルマラ越えの巡礼者に発見され、保護されました。


それを聞いて、そういえば、、、と思い出したことが。

巡礼路の途中には、チベット人が開いているテント茶館がいくつかあります。
そこはお湯を買って食事したり、休憩したりできるありがたいスポットです。

私は巡礼1周目の時、たまたま休んだテント茶館がありました。

そのテントの中では横になっている重病人のような人がいました。
目の上にはタオルをかけ、ぴくりとも動きません。
よっぽど体調が悪いんだなぁ・・・と思いながら見ていましたが
あれは、このDさんだったのでした。

Dさんはひとまず茶館まで連れて行かれ
動けるようになるまで、しばらくそこで過ごしていたそうです。

巡礼中にDさんと出会っていた旅行者たちは
安否の分からないDさんを心配し、色々な人に行方を聞き回っていたのでした。



Dさんは雪の中で力尽きた時、このままでは死んでしまうような状況でした。
たまたま、彼は大きめの登山バックパックを背負っており、
中の荷物をすべて捨て、バックパックの中に無理やり体をすべりこませ
一晩をしのいだそうです。

バックパックが、人が入り込めるサイズのものでなかったなら・・・

凍死していたかもしれません。

凍傷も、もっとひどかったかもしれません。


カイラスは、とても魅力的な巡礼地です。
でもあそこは毎年死者の出る、人の命を奪う雪山でもあります。

私が行った年は、7人死者が出ていたそうです。
天気が良くなるのを待てない、先を急ぎたい、という気持ちはよく分かります。
しかしそれでも、彼は待つべきでした。
雪山に対する認識が甘かったのです。


さらに、Dさんの準備不足な点が。
彼は巡礼中サングラスをしていませんでした。

たとえ帽子をかぶって直射日光を避けても、
高地の紫外線は白い雪に反射して容赦なく目を焼きます。
失明の危険性もあるので、高地の暮らしに慣れているチベット人はともかく
それ以外の旅行者はサングラスが必須なのです!

サングラス無しのまま歩いたDさんの目は、かなり焼かれてしまいました。
瀕死の状態で動けなくなったのは、目が開かなくなったことも大きいようでした。


Dさん自身も感じていたことでしょうが・・・
一歩間違ったら、彼は亡くなっていたかもしれません。

私は高山病で亡くなった方と出会った直後にDさんと出会ったので
余計に彼の「生」が、強烈に目に映りました。

チベット人みたいに、巡礼で死ぬのは本望 というわけじゃなく、
死にたくないのに不本意に亡くなってしまった人もいれば
こうやって、ぎりぎり生き延びた・・・。 

運? 生かされた? そんな人もいて。

ここは、なんというものを見せてくれる場所なのだろうか。

様々な感情が入り乱れ
言葉になりませんでした。


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こんなに空は青くて美しいのにね。
時には、死者も出る。
神さまの山。


次回でこのシリーズはラストです☆


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Top▲ | by earthskater | 2015-01-26 09:23 | 旅・Tibet | Comments(0)
偉大な教師5
不穏な展開が続いておりますのチベット旅です。

皆さ~ん、大丈夫ですか ついてこれてますか~?( ´ ▽ `; )ノ

偉大な教師1偉大な教師2偉大な教師3偉大な教師4 の続きです。


巡礼路で亡くなった白人男性を発見してしまい
1㍉も想定していなかった展開に、完全に思考がフリーズしました。

あのおばちゃん巡礼者達は、後ろをチラチラ見ていたので
次に私が通りがかることが分かっていた。

なのに、先に行っちゃたのか。

えっ、、、ということは
ご遺体をどうするのか、私が託されたの~!?

思考フリーズから、パニックになりそうでした。
とにかく誰かに連絡をしなくてはいけない。
でも町はかなり遠いし、もちろん電話はない、携帯も通じない。

空はだんだん明るくなってきているものの、他の団体客はまだまだ来ない。

どうしたらいいのか!最善の策がまったく分からない。
何もできず、しばらく立ち尽くすことしかできませんでした。


後から知ったことですが、この亡くなった白人男性はドイツの方で
前日の夕方、ご夫婦でこの辺りを散策していたそうです。
ところがご主人が高山病で倒れ、その場で亡くなってしまいました。

そのうち辺りが暗くなり、
助けを呼ぼうにも地理に疎い奥さまは場所を説明することができず
ご主人を一晩その場に置いたまま立ち去るしかなかったそうです。



私が立ち尽くしているうちに、チベット巡礼者が一人歩いてきました!

ここぞとばかりにその人を捕まえて、
警察に知らせてくれ! とお願いをしてみました。

この状況を見て、私がすごく困っているのを理解してくれたみたいですが・・・
少し迷って、、、でも、すいーーって 先に行ってしまいました。

まさかのスルー(꒪⌓꒪)

エーーーーー

また次の巡礼者が来ました。
その人も、スルー。

またその次も、 スルー。

そっ、そんな。


その時湧いてきたのは、

「そんなに巡礼の方が大事なのかよ!」 という怒りでした。

チベット人、がっかりだよ!
こんな困った時に、助けてくれない人たちなのかよ!
絶望的な気持ちでチベット人たちを責めてしまいました。


でもね、後になって、理解できるようになったのが・・・
チベット人にとってカイラス巡礼は、超本気!の一大イベントです。

巡礼中亡くなってしまうことは、チベット人たちにとっては「本望」でもあります。
だから亡くなった人を見かけても、彼らにとってはその人は幸せな人であり
助けてあげるべき対象ではないのです。

自分の巡礼を優先し先を急ぐことの方が大事、という単純な話ではないようです。
チベット人のカイラス巡礼に対する想いや価値観を、私が理解していなかったのでした。

でもあの時はよく理解してなかったので
チベット人に対してぷりぷり怒ってました。
なんて冷たい人たちだ、とがっかりしていました。


数人のチベット人巡礼者が行ってしまった後、しばらく静寂が続きました。
来た道を下りて、チベット人以外の誰かに助けを伝えればよかったのでしょうが
自分の語学力を考えると、ここを下りても、
状況も場所もうまく説明できないと思いました。

しっかし、誰も来ないぞ・・・。

そりゃそうか、だって私、超早起きしたんですもの。

立ち尽くしているうちに、自分が貧乏くじを引いたかのような気持ちに。

だって、朝一で宿を出さえしなければ、
この場で亡くなった方を発見するのは私以外の人間のはずでした。

チベット人はスルーしてしまうでしょうが、
その後やってくる団体ツアー客なら、適切な対処をしてくれたはずです。
言葉や対処法の分かるガイドさん、中国人旅行者が発見してくれれば
一番良かっただろうに。


タルチェンでの仏像爆破事件の後、自分が感じたダークサイドの心の動き。
「こういう時に、人間性が試されるね。本当の自分の心の動きが、出てくるね。」
と書きましたが、ここでもまさに、そんな感じで。


亡くなった方にはとても悪いけれど
なんてツイてないんだろう・・・と思ってしまいました。
そしてこのまま、私もスルーして先に行ってしまいたい気持ちにも駆られました。

さっきチべット人に対して
「そんなに巡礼の方が大事なのかよ!」と怒っていたけれど
それがそのまま自分にも還ってきました。
私だって、先に行きたいって思ってしまった。

後のことは、後からくる人たちに任せて
自分の巡礼を優先したい、って思ってしまった。

なんかね、あの時チベット人にがっかりしてたけど・・・
ほんとは自分にがっかりでしたよ。

「なんとかしてあげたい、放っておけない」という気持ちと
「面倒なことは誰かに任せて、先に行ってしまいたい」という気持ち。
正反対が混在する状態でした。

でも結局、助けを呼ぶことを選択したのですけどね^^;



いま現在、このことをふり返ると。

大事な時に、このような心の動きがわいてきて、
自分自身が「ほんとうのいい人」ではなかったという事実は
とても残念なことですが。

自分の良心も、ダークサイドも、どちらも存在するのならそれはしょうがない。
なかったことにはできないし。
ダークサイドを見ないふり、いい人のふりはできない。
ありのままの自分を受け入れていくしかない。

その上で、良心とダークサイドのどちらを「選択」するか。
その最後の選択が、大事なのではないかと思っています・・・。

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さて、カイラス山も明るく くっきり見えるようになってきた頃
ようやく遠目にツアー団体客の姿が確認できました。

思いっきり、大声でヘルプミー!と叫びながら斜面を駆け下りていきました。
異常事態を察知したのか、向こうも走ってこちらに駆けつけてくれました。
するとその団体のガイドさんが「あそこの宿に電話があるよ」 と教えてくれて。
エーーー 電話あるんスか!こんな所に!

で、その宿って・・・
私が泊まってた宿だったのですね!
ううう、それを初めから知っていれば・・・泣
といっても、この語学力では何もできなかったでしょうが。

団体客は先に進んでしまうので、結局私が元来た道を下りて
宿に連絡に行くことになりました。
その宿からも次々と団体客が登ってきたので
パニック回避のために、この先の状況を説明しながら下りていきます。

私は、複雑な気持ちでした。
やはり、自分が貧乏くじを引いたかなような気持ちでいました。
せっかく誰よりも早く起きたのになぁ・・・って。
語学ができる現地の人が、下りて連絡してくれたらいいのに。

そんなしょーもないことを思ってる場合じゃないでしょ?と自分に言い聞かせても、
どうしても湧き出てきたのです、あの時は。

それに加えて、まだチベット人に対しても怒っていたし、
亡くなった方を発見したこともショックだったし。
自分の小ささにもがっかりだし。

なんだか、いろんなことがごちゃ混ぜになり収拾がつかなくなりました。

とても巡礼を続けられそうになかったので、宿にご遺体のことを伝えると
元来た道を戻り、タルチェンに帰ることにしました。

精神的なこともありますが、体力的にもきつくなってきたので
このまま巡礼は再開せず、終えることに。

というわけで、私のカイラスコルラは
1周半で終わることになりました。


ほんとうに、なんという巡りあわせで
カイラスは私にいろいろなものを見せてくれたのでしょうか・・・。
極限状態では、自分の人間性を試されますね。

でも、カイラスが私に見せてくれたのは
これだけではなかったのです。

巡礼中亡くなってしまった、この白人男性のような方もいたけれど

死にかけて、運よく生き延びた方にも出会いました。


続きます

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Top▲ | by earthskater | 2015-01-25 09:15 | 旅・Tibet | Comments(0)
偉大な教師4
偉大な教師1偉大な教師2偉大な教師3 の続きです。


1周目の巡礼から帰ってくると、
私が巡礼中の3日の間にも破壊行為が続いていたのでしょう。
出発前はまだ残っていた仏像の台座は、すべて破壊され何も残っていませんでした。

でも
もう町には軍も公安もいなくなっていて
空はとてつもなく青く、カイラスは綺麗だし、平和そのもの。
あれは夢だったのではないかと思うほどです。


私は次の巡礼に備えて、ゆっくり疲労を回復させました。
諸説ありますが、とりあえず3周はコルラをするとよい、と聞いてたので
ぜったいカイラスを3周するぞー!と意気込んでいました。

コルラとは何ぞや?(・ω・)/

チベットでは、聖なる場所の周りを巡拝して歩くことをコルラといい
時計周りに巡礼します。(ポン教徒は逆周り)
1周コルラで終わる人もいるのですが、13周したり、
煩悩の数・・・108周コルラ!しかも五体投地で!という
凄い巡礼者もいるのです。


  ☆   ☆   ☆


私の2周目コルラは、晴天に恵まれたスタートとなりました☆

1周目は真っ白で何も見えなかったカイラスも・・・

見事にばっちり~☆
カイラス山の南面が見えております。
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そしてこちらは西面。
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進むごとに、だんだん北面の端っこが見えてきます。
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先にはチベット人の巡礼者さんたちがいました。
彼らはほんとうに歩くのが早いです!
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2周目は晴天に恵まれたのと、高度に慣れてきたおかげでしょうか。
すいすいと進んで、あれっ?と拍子抜けするくらい
体力に余力がある状態で北面に到着しました。

宿泊予定のディラプクゴンパに向かうとすでに人がいっぱいで、
他の宿泊施設に泊まることになりました。
ここにはチベット人巡礼者も泊まりますが、白人旅行者や
香港・上海から来た団体ツアー客もいて賑わっています。


私はひとり体を休め、カイラスをぼけーっと眺めているうちに
あることを思いつきました。

ここから先は、2日間かけて歩いていましたが・・・
1日で行ってしまおうか!

1周目は2泊3日かけて歩いたのを
今回は1泊2日で巡礼しようというわけです。

男性客や急ぎ足の団体ツアー客たちは、
ここからタルチェンまで1日で抜けてしまいます。
私にもできないはずがない!┗(`・ω・´)┛

しかし男性は足が速いから問題ないし、
ツアー客は団体行動でガイドのフォローがあります。
私の場合、女の遅い足で、たった一人で歩きます。
この道を1日で抜けようとして、タルチェンに到着するのが
暗闇の時間帯になる可能性がありました。

何かあった時のことを考えると、ちょっと不安です。

そこで、暗闇到着を避けるには・・・

その分早起きをするしかない!( • ̀ω•́ )✧

という結論に達しまして。


翌日、誰よりも早起きして真っ暗闇の中を出発しました。

この時、空には満点の星。
星明りでぼんやりと浮かぶカイラスの姿は、息を呑むくらい美しかったです・・・。


正直、暗くて怖くて、くじけそうになったけれど
すでに歩いているチベット人たちがぽつぽつ見えて勇気づけられました。
この時間帯を歩いているチベット人たちは、さらに早い時間にタルチェンを出発し
1日で1周コルラをしているハイスピード巡礼者たちなのでした。

その時ちょうど、おばちゃんチベット人の巡礼集団が先に見えたので
なんとか見失わないように後をついていくことにしました。
遠目で居てくれるだけでも心細さが解消されます。

しかしさすがチベット人。
尋常じゃないスピードでささっと斜面を登ってしまい、
すぐに見えなくなってしまいました。

私も後に続き、最初の斜面の難関をやっとの思いで登り切ると
とっくに先に進んでいると思っていた先程のおばちゃん集団がいました。
なぜか立ち止まり、その場をウロウロしたり。
こちらをチラチラ見たりして、困惑しているのが見てとれます。

でも、だんだん私が近づいていくと、さーっと進み始めて
巡礼に戻っていきました。

??? なんだろう? と違和感を感じつつ、
おばちゃん集団が立ち止まっている場所を通りがかると・・・

おばちゃん達が困惑し、立ち止まっていた理由が分かりました。


なんとそこには
座ったまま亡くなっている、白人男性がいたのです。

続く

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Top▲ | by earthskater | 2015-01-24 09:20 | 旅・Tibet | Comments(0)
偉大な教師3
偉大な教師1偉大な教師2 の続きです。


重苦しい夜が過ぎ、明るくなって外に出ると
世界は雪で真っ白になっていました。
空はぶ厚い雲で覆われ、前日の晴天が嘘のような大雪です。

そして遠目で仏像を確認すると、台座のみが残っていました。


重たい気持ちのまま、私たちは宿を出てカイラス巡礼に出発しました。

山はすべて真っ白で、カイラスなんてこれっぽっちも見えなくて。
そして、めちゃくちゃ寒い。

通りすがりの白人旅行者たちは、この大雪はきっとカイラス山の嘆きだね、
口々にそう言って歩いていました。

巡礼路は最初はゆるやかで、少しずつ登り道になっていきます。
たいした坂でもないのですが、
標高4500~5000m級の場所を歩いているので空気が薄く、
その疲労度は半端じゃありませんでした。


歩きながら考えるのは、やはり前日の仏像破壊の件。

あまりにショッキングだったし
中国政府に対して怒りもわいてくるのだけど・・・
それと同時に、すごく不謹慎な自分もいるのを感じていました。

なんて表現するのがいいのかな。

たとえば近所で火事があって、うわー!大変だー!って
ショック受けるんだけど、野次馬根性で火事を見に行っている、、、とか?

ジャーナリストがたまたま壮絶な事件に遭遇したとして
痛ましい事件に沈痛な面持ちなんだけど
それと同時に、スクープに興奮もしている、、とか?

こういう精神状態に近いのかなぁ…と思います。


怒り、悲しみ、ショックも感じながらも
異常な状況を、どこか楽しんでいるような自分がいるのです。


やっぱりね、どこか他人事なんだね。
こんな弾圧目撃しても、他人事だから不謹慎でいられる。
当事者だったら、絶対こんな感覚にはならないと思う。

そして、傷ついたチベットの人たちのことを思うよりも
事件が大きくなったらどうしよう! って、怖くて怖くて。
私だけは早くトンズラして、安全な場所に居たい!
こんな風に、自分のことしか考えられなかった。

私の怒り・悲しみ・人を想う心、そして正義感は、
とてつもなく薄っぺらい と思いました。

こういう時に、人間性が試されるね。
本当の自分の心の動きが、出てくるね。

私って、なんて小さい人間なんだろう・・・。

自分の小ささと醜い心に、嫌気がさしました。

カイラス先生は、こんなちっさ~い私のことを見抜いていたのでしょうか。
自分自身を知らしめるために、このタイミングで
私を巡礼に呼んでくれたのでしょうか…。


  ☆   ☆   ☆


ゼーハー言いながら、ひたすら静かに巡礼路を歩き続けて
ディラプク・ゴンパというお寺に到着しました。
こちらのお寺は標高5210m地点にあり、
目の前にはカイラスの一番美しい姿と言われる北面が見えます。

・・・と言っても、すべてが真っ白で
なんにも!!見えませんでした。

ここまで天気が悪いと、1周目の巡礼では
カイラスは一度も拝めないかもしれない、と覚悟しました。


しかし!

時間が経つにつれ、目の前が真っ白だったのが・・・
北面の下の岩が見え始め、 どんどん、少しずつ、白いベールが薄れていって・・・
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空も山も平地もすべてが真っ白だった世界が
まるで魔法のように晴れていきました!!

カイラス山が出現!!
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うおぉぉぉーーーー!!!
その場にいた旅行者たちは大興奮☆

重たい気持ちだったのが、この魔法のおかげで
みんな一気に元気になりました。^^

カイラス、ありがとう。
こんな不謹慎で偽善者な私に姿を見せてくれて、本当にありがとう!!
感謝の気持ちでいっぱいでした。

この日は、このままディラプクゴンパで一泊しました。


そして翌日。

朝日の光が当たり朱く染まるカイラス山。
目を疑うくらい美しい光景でした。
a0329244_14473499.jpg

雲ひとつない抜群の晴天の中、巡礼2日目がスタートです。

一周52キロのカイラスの巡礼路は、チベット人は1日で周ってしまいます。
チベタンの歩く速度はすさまじい速度なのです。

高地に慣れてない旅行者の場合、巡礼にかかる時間は
男性や日程に余裕のない団体ツアー客は1泊2日。女性ですと2泊3日。
体力のない人は4泊5日など、それぞれ自分に合った時間をかけて回ります。

私は2泊3日で周る計画を立てていました。
そしてこの2日目の巡礼が、一番きつい道のりです。

北面から先の巡礼路はさらに登り道になり、
標高5630mの巡礼路最高点「ドルマ・ラ」と呼ばれる地点を通ります。

もう、ドルマ・ラまでの道が、ほんっっっと!!きつかったです。
噂には聞いていたけど、これほどまでとは…。

高山病にならないように、ゆっくりゆっくり登っていくのですが
容赦なく体力が奪われます。
そんな自分を励ましてくれるのが、
真横に見え続けている美しいカイラス山でした。

それと、「あること」が私自身を奮い立たせ、励まし続けてくれました。

前日の仏像事件をまだ思い出しますが・・・
ちっせ~自分が恥ずかしくて、のたうちまわりたくもなりますが。

それでもこの巡礼中、自分なりにやっていた「あること」。

それは、「祈り」 でした。


右手に数珠を持ち「オン・マニ・ぺメ・フム」と唱え
数珠の玉で真言をカウントしながら歩きました。

チベットの人たちもこのように巡礼しています。
オンマニペメフムは観音菩薩の真言で
蓮の花の中にいる仏への呼びかけの言葉だそうです。

そうしながら私は、今まで出会ってきた人たちのために幸せを祈っていました。
祈っているからこそ、歩き続けられました。


この長旅に出る以前の私は、神社が好きで
週末のたびに神社を訪れ、参拝していたのですが・・・

1度たりとて、誰かのために祈ったことはありませんでした。

当時の私は、この社会で生きていくのが辛くて、しんどくて、
どうやったらこの苦しみから逃れられるのだろう?
どうやったら癒されるのだろう?
神様たすけてたすけてたすけてーー!!

、という感じで救いを求め、都合のいい願い事ばかりをしていました。
神様に先のことを委ねる願い方ではなく、依存の願い方をしていました。

だからカイラス巡礼でも、真っ先に自分のことを祈ってしまうんだろうか・・・。
そう思っていました。


でも、今回ばかりは、それをしたくなかったのです。

この巡礼では、自分のことじゃなくて、誰かのために祈りたい!

なぜか強くそう思っていました。

だから巡礼中ずっと
自分の家族、友人、親戚・・・
名前も忘れた学校のクラスメートやら、何から何まで。

とにかく、今まで自分が出会ってきた人たちのことを・・・
それがどんな小さな出会いでも、ご縁があった人たちのことはすべて思い出し
そこから広がっているご家族やすべての人間関係にまで思いを馳せ
幸せを祈り続けました。


それは、不思議な感覚でした。
日本で、神様への参拝とは名ばかりの
都合のいい願い事ばかりをしていた自分とは思えませんでした。

なぜこんな祈り方ができたのだろう?
これはもう、カイラスマジックとしか言いようがありません。

自分が、誰かのために祈れる日が来るなんて。
そして、祈ることが、こんなに気持ちがいいなんて!
この祈りの最中、私はたしかに自分の中に光る、
とっても神聖な光を感じていました。


私はたぶん・・・
この時、人生で初めて、「祈り」とは何ぞや?
の一端に触れることができたのだと思います。

カイラス先生は、心の底にひそむ醜い自分を見せてくれましたが
祈りとは、何なのか。祈ることについても、教えてくれてたのです。


a0329244_14475162.jpg

そして↑ が最高到達点ドルマ・ラ(標高5630m)

やっと着きましたーーーー!!(>_<)

でも、ここがゴールじゃないのです!

ドルマラの手前くらいから、以後いっさいカイラス山は見えなくなります。
それを寂しく思いつつ、ドルマラの先の急な坂を下りていきます。
そこから宿泊予定の、カイラス東側にあるお寺、
ズゥトゥプク・ゴンパまでが、これまた、すんごーーーーく 遠いのです!!

あまりの疲労に、お寺に着いた時には発熱してしまい
薬を飲んでバタンキューでした。


そして巡礼3日目。
ここからタルチェンまでの巡礼路は一番短い距離ですが、
2日間の疲労のせいで非常に遠く感じます。

a0329244_14483825.jpg

のろのろ~と亀の歩みのスピードでしか歩けないけれど
巡礼路の景色は最高でした☆

そして、永遠に続くかと思われた巡礼路にも、いつかはゴールが訪れます。
やっとこさカイラス一周して、タルチェンに帰ってきたーーー!!!

自分へのご褒美に、美味しい中華料理を食べました。

こうして、私のカイラス巡礼の1周目は終わりました!


ん? 1周目・・・ ということは。
そう、2周目にも向かうのですよ~☆

そしてまた、カイラス先生からのお試しが・・・。。。

続きます

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Top▲ | by earthskater | 2015-01-22 09:24 | 旅・Tibet | Comments(0)
偉大な教師2
偉大な教師1 の続きです。

カイラス巡礼に行くために、私はアジアや中東を回って時間をつぶし
翌年の秋にチベットを目指すことにしました。

計画通り、巡礼のベストシーズンといわれる10月に
チベットに入ることができました。

西チベットに入ってから、まずはグゲ王国という遺跡に寄りました。
1000年の歴史があり、今は滅びてしまった王国です。
a0329244_13562641.jpg

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a0329244_13553310.jpg


そしてティルタプリの巡礼。
ティルタプリはマナサロワール湖、カイラス山と合わせて
西チベット三大聖地と言われます。
a0329244_1356454.jpg



ヒッチハイクとバスを乗り継ぎグゲ遺跡、ティルタプリを経て
やっとこさカイラス巡礼の拠点となる町、タルチェン(大金)に到着。

町からカイラス山が見えます。
a0329244_13565763.jpg


この日タルチェンに到着したのは夕方でした。
宿は安い大部屋に泊まることにすると、他の日本人旅行も同日に到着し
同じ部屋になりました。

a0329244_13571981.jpg

町は基本的に、殺風景。。。。

次の日は巡礼に備え、すっかり仲良くなった日本の旅人たちと町で買い出しをすることに。
明後日それぞれ巡礼に出発することになりました。


翌日、外に出るとなんだか町の様子が変・・・。

宿に正体不明の何者かが宿泊人数の確認に来たり。
買い出しに町をうろつき始めた私たちを、ずっと後つけてくる人がいたり。。。

私たちの行動を見張っていました。

そして、ある場所から向こう側に行こうとすると、
そっちへ行くなと止められたり。
町の写真を撮るなと制限されたり。

どうやら公安の人間のようです。


まったく事情の分からない私たちは
とりあえず目に入った食堂に入り食事をすることにしました。
すると私たちより先にタルチェン入りしていた白人旅行者がいて
彼らが事情を知っていました。

町のチベット人たちは、自分たちでお金を出し合い
タルチェンのすぐ裏の山にグル・リンポチェ像という仏像を建てていました。

その像が、今日これから、軍や公安に破壊されてしうまうというのです。


… はぁ?

私たちは耳を疑いました。
なんっっっじゃそりゃ!!

でもこれが、チベットの現実だというのです。
宗教があると、政府の支配が行き届かなくなります。
そのために弾圧と迫害をするのです。

今回の仏像の破壊計画は、許可なく新たな宗教施設を建てたチベット人たちへ
見せしめの破壊行為でした。
私たち外部からの旅行者に、見張りがついていたのは情報規制のため。
この破壊行為は宗教弾圧なので、
弾圧の事実を外に漏らしたくない事情があるのでしょう。


後から分かったことですが、この日チベットの中心地ラサから
西チベットに向かおうとしていた旅行者やチベット人は検問で止められ、
タルチェンに向かえなかったそうです。

情報規制とチベット人の暴動阻止のためでした。
私たちは前日、別ルートから来たので町に入れたようです。


そして白人旅行者たちに、仏像の位置を教えてもらい行ってみると
たしかに山の斜面に仏像がありました。
そして町の半分は、これ以上仏像に近づけないように軍と公安が占拠し、
物々しい雰囲気となっていました。

町のチベットの人たちは、悲しそうで見ていられないくらいでした。
仏像を指さしながら、私たちに何か言ってきました。
言葉は通じないけれど、何を言いたいのかは理解できます。
「破壊されちゃうんだよ、私たちの仏像が!!!」
嘆きと悲しみの声でした。
そして、何人かのチベット人たちは泣いていました。

私たちはすっかり暗い気持ちになり、
突然目の前にやってきた重い現実に、どう対応していいか分かりませんでした。

町は自由に歩けないし、買い出しが終わるとすぐ宿に引っ込んでしまいました。

外では、夕方頃には仏像の上半分が破壊されてしまいました。
鎖で仏像と車を繋ぎ、車で引っ張る方法が取られたようです。


同部屋の旅行者たちと、これからどうするか話し合いました。
何が起こるか、まったく分かりませんでした。
暴動や戦闘が起こる可能性も否定できません。

一体どうすれば安全なのか。
でもこのまま町に居るよりは、予定通りカイラス巡礼に出た方が
安全だろうという結論に達しました。

そして重苦しい、なかなか眠れない不安な一夜を過ごし・・・。

早朝、まだ外は真っ暗闇の中

ドーーン!! という爆破音が鳴り響き、私たちは飛び起きました。

何事!?

… って、分かりきっている。

仏像が「爆破」されたのでした。
徹底的に破壊をするというのが政府の意向らしい。

少し経ってからもう一度、爆破音が響きました。

巡礼出発時刻まで時間があったけれど
私たちは誰も眠れなくなりました。

これから巡礼に出発だというのに。

いきなりカイラス山は、こんなヘヴィーな現実を
私たちに見せつけたのです。

続きます

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Top▲ | by earthskater | 2015-01-21 09:30 | 旅・Tibet | Comments(0)
偉大な教師1
先週末で1月のイベント出展が全て終わり、ほっとしました。

とにかく最近、ずっと忙しく駆け抜けてきた感じでしたので
昨日はゆーっくり寝てました、14時間( ´ ▽ ` )ノ

またこれから2月に向けて色々頑張っていかにゃならんのですが
旅の漫画も描いてみたい・・・でもぜんぜん時間がない!
せっかく覚えかけたペンダブの使い方も忘れそうです。^^;

実は密かに旅ブログも目指しているので、
ハンドメイドだけでなく、旅の記事も充実していけたらなと思ってます。

と・い・う・わ・け・で!
突然ですが過去旅ふり返り記事をアップをしたいと思います(・ω・)/

私に、とても大切なことを教えてくれたチベットの旅です。

以前やっていたブログで書いたことがあり、当時とても反響があった記事でした。
少し手直しして掲載したいと思います。


a0329244_0191276.jpg

これは西チベットの写真。
白いぽっこりお山は、「カイラス山」という聖なる山です。

こちらは2007年10月に巡礼してきたのですが
ほんとうに、この巡礼は濃い体験の連続で…。
様々なことを私に見せて、教えてくれました。

私にとってカイラス山は、偉大な教師です。

「カイラス先生ーーーー!!!」

と叫びたくなるほどです。

a0329244_23572725.jpg

一番美しいと言われるカイラス山の北面の写真 ↑
気功やってる方から、この写真からめっちゃ良い気が出てるね
と言ってもらったことがあるのですが私もそう思います~(^▽^)


まず、カイラスとは何ぞや?の説明から。

カイラス山は4つの宗教の最高聖地です。

★チベット仏教
★チベットの土着の宗教ボン教
★インドのジャイナ教
★インドのヒンズー教


カイラス山はチベット語では「カンリンポチェ」と呼ばれたり。
中国の漢民族からは「神山」として親しまれています。

聖なる山なので、誰もカイラス山自体には登ってはいけません。
山の周りをぐるぐる周って巡礼するのです。
カイラスは地上に現れた天空の曼荼羅とも表現されています。

インドでは「カイラーサナータ山」と呼ばれます。

カイラス山のてっぺんにシヴァ神が鎮座していらっしゃるそうで
カイラス自体が、シヴァのリンガ(男根)として崇拝の対象となっています。


a0329244_23582569.jpg

ヒンズー教のシヴァの寺院では、
シヴァのリンガがあちこちに安置されています。↑

シヴァリンガはリンガとヨーニ(下の受け皿)から成り立ちます。
ヨーニは女性器の象徴、リンガは男性器の象徴で、性交した状態を表します。

なぜこんな説明を書くかというと…
カイラスが、まさにそういう形状になっているのです~!!


ちなみにシヴァ神が住むカイラスを模した寺院
カイラーサナータ寺院が、インド内にいくつかあります☆
この寺院、石を積み上げたんじゃなくて
石を掘り削って作っているそうです。 ↓
a0329244_23591419.jpg

こちらは別の街にあるカイラーサナータ寺院です。 ↓
a0329244_23592838.jpg


南インドのラーメーシュワラムという町に
こんな感じの、長~い回廊の寺院があるのですが ↓
a0329244_23594480.jpg


天井画が全部違うんです。
その中の一つに、カイラスの絵が☆
a0329244_00286.jpg


カイラス山はチベットにありますが
インドのヒンズー教徒にとってもポピュラーな山なのですね^^


    ☆   ☆   ☆


さて、なぜ私がカイラス巡礼に至ったかというと。

2006年から長期の旅に出るつもりで準備している時、
チベットに行くことを予定していたので
チベット旅行の経験がある知り合いの所に挨拶に行きました。
いろいろお話を伺ったのですが、その時カイラス山のことを教えてもらいました。

それまで、人生でカイラス山なんて聞いたこともなく。

こんな聖なる山があるんだなぁ…
知らなかったなぁ…
「いつか行けたらいいなぁ…」

その時は、そう思う程度でした。


そして旅がスタートし。
中国→チベット→ネパール
というルートで旅をしていました。

ネパールでゆっくり滞在していると…
パキスタン→中国ウイグル地方→南下して西チベット→カイラス巡礼→ネパール
という旅人が、後からどんどんやって来て。
カイラス巡礼帰りの、ある女の子に出会いました。

失礼を承知で書くと、一見その子は
ヒッピー風のはちゃめちゃに見えてしまう女の子でした。
道端のチャイ屋の前のベンチに座りながら
その子のカイラス巡礼話を聞きました。

意外や意外。彼女は見た目とは裏腹に
巡礼のことを、とっても真面目に!!熱く語ってくれ・・・
とってもキラキラしていて!!!

はちゃめちゃに見える彼女が、巡礼を語る時は
とても神聖で、美しく見えたのです。

その時、 パンッ! って、その子の背後の風景すべてが
チベットの青い空と巡礼の様子になり
ただのチャイ屋の風景が、一瞬でチベットへとヴィジョンが切り替わるという
不思議な体験をしました。

おおおぉぉ、カイラスが、チベットが、見えたー!!(;゚Д゚)

巡礼の熱き想いが、その女の子から私に伝わったのだと思います。



その時思いました。

「いつか行けたらいいなぁ…」

じゃなくて、、、、。

「いつか 絶対に 行こう」 と。


そして、ネパールでさらにゆっくり過ごしていると
他にもどんどん巡礼帰りの旅人たちがやってきて
カイラス巡礼体験を直接聞く機会が増えていきました。

そうしているうちに…


「いつか行けたらいいなぁ…」
     ↓
「いつか 絶対に 行こう」


となっていたのが、 最終的に…


「この旅でカイラス巡礼に行こう」

となりました。


いつか絶対、のはずが、
このまま行っちまおうぜー!のコースに。(笑)

ただ、その時はもうとっくに寒い時期になっており
とても行ける時期ではなかったので
翌年のシーズンまで待つことになりました。

こうして私の旅は、カイラス山巡礼に照準を合わせたおかげで
どんどん長くなっていったのでした☆^^;


次回に続きます☆

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Top▲ | by earthskater | 2015-01-20 09:30 | 旅・Tibet | Comments(0)
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ryumei(リューメイ)

旅好き。石好き。一人でぼーっとするの好き。
巡礼、宇宙、畑、循環型社会に興味があります。

太陽の光が当たると虹が生まれるサンキャッチャーを制作しています。

Earth Skater
(アーススケーター)の名前で、たまにハンドメイドイベントに参加しています。

ブログでは日々のこと、旅、てしごと、イベント出展について綴っていこうと思います。
時々、イラストや旅漫画も描いてます。
(※無断転載禁止です)


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